「21世紀の啓蒙」(スティーブン・ピンカー)からの思索

21世紀の啓蒙自己啓発

21世紀の啓蒙」(上)スティーブン・ピンカー(2019)を読みました。
この本は全米でベストセラーになっています。

この本の啓蒙という言葉については、ルソーの思想でも触れました。

>>ルソー「社会契約論」の成り立ちと「啓蒙主義」

簡単に啓蒙を説明すると、無知の人を啓発して正しい知識に導くことです。

啓蒙主義は昔の話だよね?
昔の思想じゃないの?

そう、本のタイトルにもあるとおり、21世紀の啓蒙を取り扱います。
この啓蒙が私たちの時代とどうかかわっているのでしょうか。

21世紀の啓蒙とは

21世紀の啓蒙の意味を、著者は経済学者フリードリヒ・ハイエクの言葉から説明しています。

古くからの真実を人々の心にとどめておきたいなら、世代ごとにその言語と概念で語り直さなければならない

「かつては最もふさわしい表現だったものも、やがて使い古されて摩耗し、明確な意味を伝えられなくなってしまう。
根底にある考えは古びていないかもしれないのに、言葉のほうはそうはいかず、現在にもかかわりのある問題を語るときでさえ、もはや同じ信念を伝えはしない。」

この文から筆者は、「啓蒙主義の理念を21世紀の言語と概念で語り直そうとする試み」を思索しました。


私がルソーのときに扱った啓蒙主義でのイメージは、神と政治との分離です。
神を理性で考えることで、個人が力を持ちました。
今まであった生贄の儀式だったり、異端者だといって処刑する制度に対して異議をとなえられるようになったことです。
迷信や祟りなどを打ち破る科学がこの啓蒙によって発生しました。

自分で科学的に考えることができるようになったってことだ!

啓蒙をカントはこのように言っているそうです。

カント
カント

人間が自ら招いた未成年状態から抜け出ること。

この言葉から、人は知ることによって成人すると捉えられます。
カントは人間の認識の仕方を、今の科学技術で解明される前に明らかにしました
カントの認識の仕方はこちら
知ることによって、科学技術の発展を予測することができることを物語っています。
カント哲学は今までの生得観念はあるとする合理論、知識は経験で得られるという経験論の統合をこころみた哲学であり、一つの啓蒙です。

17世紀から発生した啓蒙主義による啓蒙はこうでした。

ルソー
ルソー

私の時代は絶対王政との分離から、個人の尊厳を説いた。

では、21世紀はどのような啓蒙をかかげていけばいいのでしょうか。

知識があるのが当たり前で、今まで意識したことなかった。

21世紀の啓蒙とそれ以前の啓蒙を考える

21世紀の啓蒙を考える上で、それ以前の啓蒙をまず捉えていきます。

啓蒙主義によって、思考も神から離れていこうとしました。
けれど、2つの理由によって啓蒙思想家の多くは神がいると考えました。
本ではその理由を語っていますが、今まで扱った哲学をたどって説明していきます。

啓蒙思想家が神はいると考えた理由①

筆者は啓蒙思想家の多くが神がいると考えた理由の一つに、説明がつかないものを神の御業だと考えたからだと言います。

例えば、私が扱った哲学者を上げていきます。

デカルト
デカルト

我思う、ゆえに我あり。
これで神から自由になったと思った!
でも、私が考えられているのは神様のおかげ

デカルトは人が神から自由になったと説いた後に、その根拠を神に求めました。
>>デカルトに関する記事はこちら

人がものの本質がわかるのはイデアのおかげ。

プラトンはイデアという理想像から、人の考えを説明しました。
この考えも、説明がつかないものを神に求めています。
>>プラトンのイデア論はこちら

啓蒙思想家が神はいると考えた理由②

そしてもう一つの理由は、人間の思考が何らかの物質のパターンで成り立っていると考えたからだと筆者は語ります。

ホッブズをはじめとする何人かはこう語ります。

ホッブズ
ホッブズ

論理的思考は計算にほかならない。

ホッブズが考えた社会契約論はこちら
ホッブズは人間の思考は他の人とそれほど変わらないと考えました。

この考えって、私が囚われてる思想にあったような。

この考えは、知識を考えるときにショーペンハウアーが語った考えに似ています。

蝋に押されたような同じような思想だ。

私が書いた記事はこちら。
>>思想家の2つのタイプを思索する

ショーペンハウアーは他人のために考える思想家をソフィストだといいました。
ソフィストとは商売としての思想家です。

ホッブズの頃の思想では、個人の思想や尊厳があまり考えられていませんでした。
しかし、現代では個人が尊重されている時代なので、人の考えも神から離れていきます。

神から離れて科学的に啓蒙する

筆者は本で、理性、科学、ヒューマニズム、進歩といった啓蒙主義の理念は今かつてないほど強力な擁護を必要としていると主張しています。

啓蒙思想家が神はいると考えた理由をたどってきましたが、今の私たちにとっては神と科学を分けて考えるのは簡単です。
それは、日常的に私たちが科学の恩恵を浴びているからです。

お腹が空いたから、ご飯にする!

日本でも、一世紀前にはこのような日常はありませんでした。

おじいさん
 

18世紀中ごろまでの平均寿命は35歳。
その頃だったら、もう私はいないかな。

平均寿命も延び、経済状況も好転してきました。

今日の世界総生産は、1800年代と比べてほぼ100倍。
1900年から人類は加速度的に裕福になっている。

私たちは、啓蒙主義から発展した科学の恩恵を浴びています。
身近な例で考えてみます。

高校生

今みんながスマホ持ってるのは当たり前!

私が中学生の頃はポケベルが流行っていたよ。

今の時代に生きている人は、人類が獲得してきたものが当たり前になります。
けれど、無知から知を得ていくという歴史は存在しています。

例えば、私が天才について扱った記事があります。
そこで、天才とは当時の人にとっては理解の得られないものだと語りました。
しかし、天才の考えたものは受け入れられていきます。

啓蒙思想家は、今の時代の当たり前を考え出しています
21世紀の啓蒙の土台になっています。
では、今の時代に必要な啓蒙とは何なのでしょうか。

急な思想の変化をしなきゃいけないのは、コロナウイルスについてかな。

21世紀の啓蒙を考えていく

21世紀の啓蒙で考えていかなくてはいけないのは、コロナウイルスによる世界情勢の変化です。
前の段落で見てきたように、啓蒙思想家は今の当たり前を考えていきます。
それを急速に考える必要性が、コロナショックにより出てきました。

啓蒙と感染症

ホモ・サピエンスは、長い間祈祷、生贄、有毒金属などの方法で病と闘ってきた。だが、十八世紀末のワクチンの開発をきっかけに、また十九世紀の細菌学の進展に後押しされて、戦いの形勢が変わり始めた。

人類の歴史は自然災害である感染症と闘ってきたんだね。

経済発展の著しかった20世紀では、日本で言えば、全国に拡散するようなこのような被害は起こっていませんでした。
けれど、この経済発展をした現代と、感染症とを考えなければいけない時期が来ています。

気がついてたら恩恵を浴びていた啓蒙を、考える必要がでてきたんだね!

啓蒙を他人の頭ではなく自分の頭で考える必要性がでてきます。

例えば、コロナウイルスを考える上での例をあげます。

高校生
高校生

友達に飲み会誘われたけど、行くべきなのかな。

おじいさん
おじいさん

会社に出勤していていいのだろうか。

この答えは、人によって違うものになります。

「間違った知識に頼ると進歩するどころか退歩してしまう。」

このような危険性もあります。
そして、この感染症によって急速に進むだろうと予想される人工知能やネット社会についても考察していく必要がでてきます。

ネット社会と啓蒙

人口知能によって、仕事が奪われていくといった表現を見かけるようになりました。
世界が発達していくにつれて、今の職業の何割かが人工知能に変わられるようになり、それによって自分の存在意義をなくしてしまうという思想です。

次は私の仕事がなくなっていくかもしれない。
食べていくにはどうしたらいいんだろう。

このように考えてしまう思想の一つとして、今の脳科学での、「脳は私である」という思想があります。

これは『「私」は脳ではない』マルクス・ガブリエル(2019)で扱われています。
この本の副題は「21世紀のための精神の哲学」です。

21世紀の啓蒙とちょっと似てる!

例えば、私が脳であるとして、体を失っても頭だけでそれは私なのか?という問いです。
バーチャルリアリティーによって、寝ている状態でも社会に参加している状態。
会話をしている側からすれば、コンピューターか人なのかわからない状態をどう考えるのかという問いです。

この問いも、啓蒙していかなければ、自分の中に虚無感を感じる一因になります。

21世紀の啓蒙まとめ

21世紀の啓蒙をよく表していると思う文章を抜粋します。

啓蒙主義はこうして「どうしたら救われるのか」という究極の問いを、「どうしたら幸せになれるのか」という現実的な問いに置き換えた。

啓蒙思想が当たり前になることによって、私たちはその恩恵を考えないようになりました。
けれど、自然災害や生活の変化は新たなる啓蒙を求めます。

21世紀の啓蒙を自分で考えてみようかな。

21世紀の啓蒙 上 理性、科学、ヒューマニズム、進歩 [ スティーブン・ピンカー ]

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