カント「ア・プリオリ」からの認識を解説

カント「ア・プリオリ」認識哲学

「ア・プリオリ」という言葉を聞いたことがありませんか?
カントの哲学に触れる際に、出てくる言葉です。


カントは「イングランドの経験論」と「大陸の合理論」を統一したといわれています。


経験論についてはこちら
>>ジョン・ロック「タブラ・ラサ」の意味を解説

合理論についてはこちら
>>デカルト「我思う、ゆえに我あり」の意味を解説


まずカントの「ア・プリオリ」を見ていきます。
それから、「ア・プリオリ」からの認識の仕方と、それ以前の認識の仕方を見比べていきます。

カントはどう統一したのかな?

カント「ア・プリオリ」の意味とは

「ア・プリオリ」の意味は「経験に先立っていること」です。
日本語では「先天的」「先験的」などと訳しています。 (哲学用語図鑑 田中正人 2015参照)

経験に先立つ?じゃあ、経験論はどうなるの?

カントはイギリス経験論と同じように知識は経験によるものだと考えました。

経験によるんだね!

しかし、経験論を取り扱ったときに、ある疑問がでてきました。
私はなぜ赤ちゃんが泣いている理由がわかるのだろう?
私はなぜお互いの話が理解できるのだろう?

これらは、自分では経験していないことですが、その背景にあるものをなんとなく読み取っています。

そうそう、だから生得観念があるのかなって考えてた!

カントはこの考え方も取り入れます。

カント
カント

人間には共通の経験の仕方と理解の仕方があらかじめプログラミングされている!
それがア・プリオリだ。

あらかじめプログラミングされているから、日本語ではア・プリオリを「先天的」とか「先験的」とか訳すんだね。

カントによれば、五官が対象を知覚して、感性の形式が対象を捉え、悟性のカテゴリーが対象を認識します。


このシステムを使って、猫を認識してみましょう。

カントはこの一連のシステムがア・プリオリに備わっているといいます。
彼はこのシステムを理性と呼びました。

五官?五感と違うね。
感性の形式を通る前に知覚するから、五官にしたのかな。

「感性の形式」「悟性のカテゴリー」とはどういう意味でしょうか。
このシステムを少しずつみていきます。

カント「ア・プリオリ」のプログラミング

人がものごとを認識するという行為は、感性と悟性の共同作業である。感性と悟性によって構築された認識の枠によって人はものごとを認識するという、二重構造をカントは考えたのです。
(哲学と宗教全史 出口治明 2019)

感性って何?悟性って何?

また上の図を参照にしていきます。

感性の形式

感性の形式とは経験の仕方のことです。

カント
カント

人は物事を空間的、時間的にとらえる。

カントによれば、物事は時間と空間の中にあるけれど、時間と空間は人の頭の中だけにあるといいます。

時間と空間がよくわからない。

例えば、
猫は今の時間いる、猫は今の時間いない、猫はさっきの時間いた。(時間)
猫はこの空間にはいない、猫がここの空間にいる、猫はあそこの空間にいる。(空間)

感性とは外界の刺激に応じて、なんらかの印象を感じ取る認識能力です。
猫がいることを感じ取ります。
感覚と考えてもいいと本では述べられています。

あっ、寝転んでて可愛い!

言葉にはしませんが、何らかの印象を感じます。
感性は人間だけではなく、動物にもあるとされています。

悟性のカテゴリー

悟性のカテゴリーとは理解の仕方のことです。

悟性って何?

カントの言う悟性は人間の認識能力、先ほどのシステムの一つであり、概念把握の能力です。
カントは人間に共通の考え方は12カテゴリーあると考えました。

先ほどの猫を考えてみましょう。

さっきいて、今はいない、ここにいた猫は、「一匹の同じ猫」だと認識します。

感覚だけでは、同じ猫だと認識はできません。
この認識ができることは「悟性」に由来するとカントは考えました。

ここでは、悟性のカテゴリーの例として「原因と結果」を見てみます。
人は何かが起こったら、必ずその原因をさぐると考えました。

そっか、赤ちゃんが泣いている原因を私は探ろうとしてた。

このように、人間には共通の経験の仕方と理解の仕方があるから、話が通じたり、赤ちゃんが泣いている理由を共有できたりします。
この「悟性」は動物と人間を分けるものだとカントは言います。

例えば、人間は赤ちゃんが泣いている原因を探ろうとしますが、動物は赤ちゃんが泣いている理由を探らないとすることです。
一般的な犬は、吠え返したり、無視したりするでしょう。
賢いとされる犬は、泣き止ませようとすると思いますが、原因を探っているのか人間にはわかりません。

動物好きな人は、違う意見かな?

悟性の考え方に対しては、12カテゴリーなどありますが、ここでは取り扱いません。

上の図の「感性の形式」と「悟性のカテゴリー」を見ていきました。
さらに上の図で、何か変に思うものはありませんでしたか?

カント「ア・プリオリ」の物自体

「ア・プリオリ」の感性の形式と悟性のカテゴリーを見ていきました。

先ほどの図をさらに参照していきます。
私は「猫」を対象として見ました。
猫のはずですが、図ではもやもやがあるだけです。

なんで対象がもやもやしているの?

カント
カント

人間は本当の世界を見ることはできないからなんだよ。

例えば、私たちが赤いサングラスをかけて世界をみると、世界が赤く見えます。
サングラスと五官を同じように考えます。
すると、私は私のサングラスをかけてしか、世界を見ることができません。

おっ、物が二重に見える。

パパ、酔っぱらってる!

人が物自体を見たとしても、人は物自体にたどり着くことはできないとカントは言います。

酔っぱらっていても、酔っていなくても、どちらが人の正常な認識能力かわからないということです。

カント「ア・プリオリ」とコペルニクス的転回

これは従来の考え方です。

合理論と経験論

認識が対象に従います。なので、現象と対象は一致します。
次に、カントの考え方を図式にします。

カントの考え方

対象が認識に従います。そして、現象と対象は一致しません。

対象と認識が逆だ!

これをコペルニクス的転回といいます。

コペルニクスが、天地の動きを逆だって言ってたからなんだね。

「カントの考えた認識の枠組みという考え方は、現代の大脳生理学が解明した研究成果と同じです。」
「カントは脳の構造を知らないまま、すでに未来を予見してしまったといえると思います。」(哲学と宗教全史)

カント「ア・プリオリ」まとめ


カント「ア・プリオリ」は「経験に先立っていること」という意味です。
経験の仕方と理解の仕方が人間には先天的にプログラミングされているとしました。


この考え方で、大陸合理論とイギリス経験論を統一したといわれています。
さらに、従来の認識からコペルニクス的転回をして、新しい認識を構成しました。

図式化しても、一つ一つを見ていくと、それってなんだろう?と疑問になっていく。それを哲学するのもいいね。

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