私たちは同時並行にいろいろなことができると感じます。
いわゆるマルチタスクです。
しかし、認知心理学の研究でシングルタスクをおすすめする理論があります。
フィルター理論です。
フィルター理論では、人間は同時に2つ以上のことは意識できないと主張しました。
1つしか認知できないとすれば、私たちはその1つをどのように扱うのか。
フィルター理論を説明して、その1つの扱いについて哲学者ショーペンハウアーを参考に紹介していきます。
フィルター理論とは
フィルター理論とは、耳や目など5官から入った情報は脳内にあるフィルターを通過したものだけが認知されるという説です。(心理学用語大全2020 参照)
認知心理学者ドナルド・ブロードベント(1926~1993)が唱えました。
詳しく見ていきます。
まずはペットボトルの底を切り取った形のボトルネックを想像して下さい。

これは全体のイメージです。
五官から得た情報がボトルネックに入り、中にあるフィルターを通して認知されます。
ボトルネックの出口は狭くなっていて、1つしか情報が通過できません。
図をもう少し説明します。
認知心理学者ミラーは記憶を3段階に分けました。
感覚記憶から短期記憶、そして長期記憶にうつります。
⇩ ← ボトルネック
短期記憶
⇩
長期記憶
感覚記憶と短期記憶の間に、ボトルネックがあるとブロードベントは考えました。
なぜこの理論を提唱したのか、理由を見ていきましょう。
ブロードベントがボトルネックを考えた理由
ブロードベントは飛行機のパイロットでした。

指示を出してくれ。
ヘッドホンからの指示に従います。
計測を見る、道順を見る、気圧を見る・・・多くの指示が出されます。

いっぺんに言われても、1個ずつしかわからない。
こう考えたブロードベントはボトルネックモデルを想定したのです。
人は1つのことしか処理できないとするボトルネックの装置です。
ちなみに、これと反対だと思われるのは聖徳太子ですね。
伝説では、一度に8人の人から話をきいて正確に答えたと言います。
ただし、聖徳太子は日本の神様としてもあがめられています。
神様だからできた偉業ととることもできます。
人による違いは考慮する必要はありますが、ボトルネックモデルを説明していきます。
ボトルネックモデルのフィルター
フィルター理論は、脳内のボトルネックにフィルターがあると考えます。
フィルターは複数あり、その時々によって特定のフィルターが選択されます。
5官から入ってきた感覚記憶は膨大な量です。
目、耳、口、鼻、手から入ってきた情報が膨大な量だというのはそれを1つずつ意識してみるとわかります。
意識してみて初めてその情報を入手できる例として。
☑心臓が脈打っていること
☑ちょうどよい温度であること。
☑自然に呼吸をしていること。
これらを私たちは無意識にしています。
なぜ無意識かというと、膨大な量の感覚記憶は1秒以内でほとんどが消えてなくなると言われています。
特定のフィルターを通した情報だけが、短期記憶として認知されるのです。
大部分は忘れてしまいます。
多くのフィルターを通過した情報の流れだけが認識されます。
情報をフィルターによって選択する心の働きを、選択的注意と呼びます。
もしこの理論がブロードベントだけの体感であったとすると、理論として成り立ちません。
聖徳太子のような人が理論を否定するからです。
この理論はどのように研究されたのでしょうか。
フィルター理論を裏づける心理学実験
イギリスの認知心理学者コリン・チェリー(1914~1979)は「両耳分離聴」の実験をしました。
被験者に、左右の耳に異なる言葉を聞かせながら片方の耳に注意を向けさせます。

両耳から指令が入ってきた。

意識している方の耳からの指令しか聞き取れなかった。
この実験結果がブロードベントの理論を強めました。
ブロードベントが実際に体験したことと同じく、被験者は意識したことしか繰り返すことができませんでした。
コリン・チェリーはさらに実験をすすめます。
カクテルパーティー効果を見ていきましょう。
カクテルパーティー効果
パーティーは大勢の人がいるので、ざわついています。
そのざわついている中でも、私たちは知人と会話ができます。
選択的注意によって、知人の会話にフィルターを合わせてそのフィルターを通ったものだけを認知します。

ざわざわしてるけど、会話できてる。

そうだね。
遠くで、自分の名前が聞こえてくる。

!?ざわつきから私の名前が聞こえた!

フィルターが名前を重要に感じて認知したんだよ。
フィルターは、自分にとって重要な情報をふるいにかけていきます。
知人との会話に集中しようと思っていても、自分のフィルターがそれを妨げることもあるのです。
さらに、集中しようとしても、大きすぎる刺激は自分のフィルターを選択できなくすることも発見されています。(マスキング効果)
実験からわかること
チェリーの実験では、多くの人が選択的注意によって1つのことを意識できる。
同時に2つ以上のことを認知できない傾向がある。
特定のフィルターを通した情報だけが選別されることがわかりました。
ただ、この実験だけでは1つのことしか意識できないという根拠は薄くなります。
フィルターにより情報が弱められているだけという理論。
情報の重要度によって意識される度合いが違うという理論もあります。
例えば、車を運転しながらラジオを聞く。
テレビを見ながら食事をする、などは日常的にやるマルチタスクです。
意識を切り替えなくても同時並行しているように思われます。
しかし、実験を思い出してみます。
耳の片方から言葉を注意深く聞き取る。
飛行機の操作を間違いなくやる。
会話に集中する。
など、重要度が高いものは同時並行できないのです。
言い換えれば、自分にとって同時並行できるものは、どちらかが重要ではないのです。
個人差が大きいので、自分はどのくらい選択的注意ができるのか、調べてみるのもいいかもしれません。
フィルター理論をショーペンハウアーから考察
フィルター理論を想定すると、ショーペンハウアーの本から関連する個所が見つかりました。
引用していきます。
「人間はまだ1度にただ1つのことしか、明瞭に考えられない動物である。」
『読書について』から抜粋
考えているときには、1つのことしか考えられないと述べています。
ここでは、著作について述べていて、人に考えさせようとするときには余分な思想は省く必要があると主張しました。
考えるときには、注意を1つの対象に向ける必要があります。
その1つがボトルネックの細い道を通っていくのです。
「頭脳の記憶力は目のこまかいふるいのようなもの」『知性について』
問題の要点や類比的な事柄とか、その他何かそれと縁のある事柄などが個人のフィルターによって頭に残されると説いています。
フィルター理論を強めます。
自分のフィルターは何に反応しているのか、気になってきますね。
「優れた重要な思想というものは、いつでも思いどおりに招きよせることができないものである。
われわれにできることは、くだらぬ愚劣な、また卑俗な考えの反芻をすべて追い払い、あらゆるたわごとや茶番をよせつけず、優れたまともな思想が訪れてくる道をいつでもあけておくということだけである。」『知性について』
ボトルネックの中身がいっぱいになると思い浮かべます。
本当は意識して考えたいことがあるのに、その情報が通過できなくなってしまうのです。
例えば、早めに済ませられるものは済ませてしまってボトルネックの中をあけておく。
自分が意識したくない負の感情に見切りをつける。
独創的な考えをしたいときは、暇になったら読書ではなく今の頭にある材料で考えてみる。(ブリコラージュ)
など、自分で対策ができます。
「知識欲は、普遍的なものへ向かうときには学究心と呼ばれ、個別的なものへ向かうときには好奇心と呼ばれる。」
テレビで芸能人のゴシップが流れてそれに囚われてしまうのは、好奇心が個別的なものへと向かいすぎた結果かもしれません。
自分のボトルネックがゴシップでいっぱいになっているのです。
1つしか考えられないと意識すれば、それに囚われるのももったいないと感じます。
反対に、普遍的なものばかりに向かって、人付き合いに不慣れになるという結果もあります。
フィルター理論まとめ
私たちは同時並行(マルチタスク)にいろいろなことができると感じます。
しかし、認知心理学の研究でシングルタスクを推奨するフィルター理論があります。
フィルター理論とは、耳や目など5官から入った情報は脳内にあるフィルターを通過したものだけが認知されるという説です。
ブロードベントは、人間は同時に2つ以上のことは認知できないと主張しました。
チェリーの実験もそれを後押しします。
有名なのは「カクテルパーティー効果」です。
重要なことは1つしか認知できないとすれば、私たちはその1つをどのように扱うのか。
ショーペンハウアーの著書から、ボトルネックを伴うフィルター理論の活用法を見てきました。
私がボトルネックを何でいっぱいにしているのか。
それは、考えたいことなのか。
本では知性についてのヒントがちりばめられていました。

私のフィルターや関心ごとに注意を向けたくなるね。
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