星の王子さまの「愛」とは何か。翻訳による違い。

Little Prince雑談哲学

「星の王子さま」という童話では、登場人物のキツネが王子さまに愛を語ります。

王子さまは自分のバラを愛していることに気がつくのですが、それを表す一文を紹介します。

フランス語
C’est le temps que tu as perdu pour ta rose qui fait ta rose si importante.

英語
It is the time you have wasted on your rose that makes your rose so important.

直訳をすると、「バラのために使った時間が、君のバラを大切なものにした」となります。

しかし、この訳はあっているのでしょうか。

アフォリズム(原則や真理を短い言葉で表したもの)批判に、その言葉だけを解釈しても全体が見えてこない、ということがあります。

例えば、膝をケガしたとして、膝だけを手術すればいいのか、身体全体で捉えて肩を治すのがいいのか、といった問題です。
膝のケガの原因が生活習慣にあり、それを放っておくとまた膝をケガするという理論です。

各翻訳と比較しつつ、星の王子さまにおける「愛」を見ていきます。

これを知ることで、翻訳の違いも意識できます。

時間の捉え方でそんなに変わるの?

違いを意識してみてね。

星の王子さまの翻訳の違い

キツネのセリフを翻訳者ごとに載せていきます。

①「きみのバラをかけがえのないものにしたのは、きみがバラのために費やした時間なんだ。」
河野万里子さんの訳です。

②「きみがバラのために費やした時間の分だけ、バラはきみにとって大事なんだ。」
池澤夏樹さんの訳です。

③「きみのバラをそれほどまでに大切なものにしているのは、バラのためにきみが失った時間なんだ。」三田誠広さんの訳です。

①の訳は「時間をかけただけ大切になる」というように「原因と結果」に要点を置いています。

②③の訳は「かけた時間と大切さは価値が同等」という「時間の物質化」に要点を置きます。
(注:この区分けも人による違いがあります。)

一見すると違いがないように思えてしまうのですが、ベルクソンが分けた時間概念に即して考えていくと大きな違いが出てきます。

ベルクソンは時間を2つにわけました。(続哲学用語図鑑 参照)

①純粋持続 ⇨質的変化する見方
②等質的時間⇨物理的な時間の見方

それぞれにおいて詳しく見ていきます。

時間には2つある。

それがよく混合されやすいんだって。

ベルクソンにおける純粋持続から読み解く

ベルクソンは時間とは①の純粋持続であり、質的変化するものだと説いています。

原因から結果に向かう意識の流れです。

例えば、音楽を区切って聞いてもそれは音楽にはなりません。
意識の中に感情や記憶が絶え間なくあらわれて持続することが時間だと説いたのです。

この考えは、プラトンのイデアの考え方になります。

イデアを自然物に限定して、人間の本質的特性と分ける考え方です。

人間の本質的特性はイデアに属さないので、数多性(個性)がでてきます。

イデア(真実、理想)

本質的特性(個性)こちらに愛が含まれる

私にとっての愛がでてくるのです。

この場合、一般性や普遍性はありません。

どのくらい時間をかけたのかは、その本人によります。

例えば、相対性理論で言えば、好きな相手と一緒にいる時と嫌なことをしているときの時間の流れは相対的ですね。

1日かけたとしても、本人によっては1時間しか感じなかったということもありえます。

一瞬が永遠に感じるような感覚もあるかもしれません。

星の王子さまがバラに対して感じている愛情は本人だけにわかるものであり、私たちは王子さまがそのように言う気持ちを予想するしかありません。

私だけの真理という点で実存主義的な考え方です。

僕だけの愛ってロマンチック!

私からは本人が良く見えるかもね。

では次に等質的時間において見ていきます。

等質的時間から読み解く

等質的時間は世界のあり方を物質の数や量として捉えた物理的な見方です。

時間を物質として捉えます。

例えば、1時間100円の駐車場、60分1コマの授業時間など、価値を測るための単位として扱います。

一般性、普遍性が存在します。

これはショーペンハウアーのイデアの考え方になります。

彼はイデアと「時間・空間における数多性」をわけます。

時間を形式として見た場合に、数多性が現れてしまうのでイデア(真実)がなくなってしまう。

なので、形式としての時間を省いたものにイデアを見ているのです。

イデア(真実)こちらに愛が含まれる

「時間・空間」の形式は別

時間を物質としてみることで、イデアの中で捉えることができるモノにするのです。

この場合、星の王子さまにとっても、キツネにとっても時間は物質として均一に語られています。

王子さまが1時間をかけたとすれば1時間、1年かけたとしたら1年として時間を失ったのだと把握されます。

失われた時間から愛が生まれる、という発想です。

「愛が《束縛》であるのは、お互いに責任をもたなければならないからです。愛は相手の自由を奪い、自分の自由をも奪う。だからこそ深い《きずな》で結ばれるのです。」(星の王子さまの恋愛論

こちらは愛を具体的な苦悩(無駄にした時間)として描きだします

そして、一般性、普遍性がある物理的なものとして扱います。

構造主義的に誰にとっても構造的なイデア(真実)があるという考え方です。

ただし、表象において現象学的なので、1時間を1時間としてどのように捉えるのかに個人差は存在します。

バラのために無駄にした時間が、物質としての時間として具体的に語られています。

こちらの概念が訳でいう等質的時間の考え方です。

あれ、愛が苦悩として読み取られる!?

訳の違いでこんなに違うんだね。

実存主義的に読み取るのか、構造主義的に読み取るのかで大きな差があります。

では、話ではどのように読みとることが正解なのでしょうか。

星の王子さまのバラへの「愛」とは

純粋持続と等質的時間と、ここでの訳はどちらなのかを想像していきます。

まずバラは王子さまへはどのような態度をとっていたのでしょうか。

バラは王子さまに水が欲しい、風よけを作って、ガラスの覆いをかけて、など王子さまにいろいろな要求をします。

その結果、王子さまはバラから逃げ出したのでした。

ぼくはあの頃は何もわかっていなかったんだ!言葉ではなく行為で、花の心の内を判断してやらなければならなかった。花はいい香りをふりまき、まぶしいほど美しかった。ぼくはけっして逃げてはいけなかった。花のあさはかな戦略のかげに愛があることを見抜くべきだった。花って、すごくムジュンしてるんだ。ぼくはまだ幼すぎて、花を愛してやるということがわからなかった

星の王子さま 三田誠広訳

王子さまは逃げてはいけなかったと言います。

つまり、バラに対して苦悩があったということです。

さらに、キツネが先ほどのセリフを言う前に、王子さまと《手懐てなずける》について議論します。

キツネは手懐けられていないから、つまり、飼いならされていない野生のキツネだから王子さまと仲良くできないと言っています。

その家畜化の意味を、キツネはバラに対して使います。

Tu deviens responsable pour toujours de ce que tu as apprivoisé. Tu es responsable de ta rose…

きみに《懐いたもの》に対しては、きみは永遠に責任をもたなければいけない。
きみはきみのバラに責任があるんだ…。(三田誠広 訳)

apprivoiséは飼いならされたという意味です。

社会的な構造を帯びた責任に対して負う苦悩を思うと、等質的時間があっているのかもしれません。(ただしどの訳も均質的時間としても捉えられますし、各訳において原因と結果をみることもできます。)

愛は苦悩であり、同情とする見方はショーペンハウアーが述べていました。

苦悩を同情するときに愛が生まれていると捉えることもできます。

時間を等質的時間とみる。

そして、イデアの中に見ることでこの愛の概念が成立します。

僕はペット大好きだよ。

手間暇をかけるから好きになるし、喜びもあるとも言えるね。

星の王子さまの「愛」とは、まとめ

星の王子さまの一文、「バラのために使った時間が、君のバラを大切なものにした。」(直訳)から、様々な解釈ができることを見てきました。
時間を「原因と結果」とみるか、「時間の物質化」としてみるかの違いです。

ベルクソンから時間を純粋持続等質的時間に分けて考えました。

純粋持続 ⇨実存主義的「原因と結果」
等質的時間⇨構造主義的「時間の物質化」

このような観点から見てきました。

原因と結果から私が主体となって決める純粋持続の考え方

社会に対して責任を負うような、等質的時間としてみる考え方

また、「大切な時間を無駄にしても、失ってもいいくらいに大切に思っている」という動機としての解釈もできます。

「星の王子さま」は、世界中で愛されている童話です。

見る人によって様々に、何かを感じたり涙が出てきたりするのかもしれません。

星の王子さまは大人向けの物語かもしれないね。

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