「メタ倫理学」会話で知っておくと役に立つ非認知主義

非認知主義哲学

メタ倫理学とは「善」や「悪」とは何かなど、言語の意味を論理的に考える分野です

このメタ倫理学の非認知主義を知っておくと、あなたが会話をする上で、気をつけなければいけないことがわかります。
会話を分析することで、コミュニケーショントラブルを防げます。

メタ倫理学の非認知主義とは

メタ倫理学の中の一つの分野、非認知主義を見ていきます。
非認知主義とは、道徳は事実ではないので、道徳に関する主張は真偽の判断ができないとする考えです

世界には実験や経験によって確かめる事実があり、これは科学が扱う問題です。
それに対して、非認知主義では道徳は事実ではないと言います。
事実ではないので、道徳の知識は存在しないと考えます。(哲学用語図鑑

具体的にみていきます。

人間は息をすう。

観察もできるし、経験もある。否定はされてない。
だから、科学的な「事実」だね!(科学とは

お金のコピーはしてはいけない。

そうそう、犯罪だね。
ってちょっと待って。

これは道徳の知識だよね?

道徳は自分の良心によって、善を行い悪を行わないこと。
だから、それは法律の知識だね。

そっか。法律の知識は役立つもんね。

このように改めて道徳について考えてみると、私たちは道徳と法律を混同しがちです。
ただ、子どもがすぐに法律を言えたように、法律についての知識は自分の身を守ることにつながります。
子どもがすぐに法律を言えた理由はこちら。

こども六法 [ 山崎 聡一郎 ]

この「お金のコピーはしてはいけない。」のような道徳的な文を詳しくみていきましょう。

非認知主義の事実と事実でないことの区別

非認知主義の非認知という言葉は、論理実証主義を元にしています。
認知できる事実は、実験や経験などによって検証できる命題だけだと考えます
例えば、人間は息をすう。
地球は丸い。
相対性理論、などです。
この検証ができることは「事実」だと考えます。

これに対して、検証できない命題を事実ではないと考えます
例えば、お金をコピーしてはいけない。
人を殺してはいけない。
人に迷惑をかけてはいけない、などです。
検証ができないので、正しい命題ではないと考えます。

検証できるものは「事実」

検証できないものは「事実」ではない

では、このように分けることで、どのようなことが起こるのでしょうか。
コミュニケーションで役に立つという観点から見ていきましょう。

非認知主義から情動主義をみてみる

非認知主義の立場から、アルフレッド・エイヤー(1910~1989)は情動主義を唱えました。
情動主義では、道徳はその道徳の主張者の情動によるものという考えです
エイヤーによれば、真偽を問えない道徳から成り立つ文章は、個人的な心理の表明とされます。

具体的に見ていきます。

お金をコピーすることは間違っている!

道徳の知識は存在せず、この場合は真偽を言うのは正しくない用法になります。

お金をコピーすることには反対だ!

このように、主張している本人の心理から意見を言うのが正しい用法になります。
事実ではないことに対して、から判断します。
本人の情は、本人にとっては正しいことになります。

お金をコピーすることには反対!
お金をコピーすることは嫌いだ!
このように情から「好きか」「嫌いか」を言います。

では、この分け方をコミュニケーションに活かしてみます。
例えば、会話で何か意見がでたとします。

ぼくは迷惑をかけるのは間違っていると思う。

(好きか嫌いで言うと、嫌いの意見ってことだな。)

会話で使われる意見のほとんどは、道徳的な根拠によって言われていることです。
なので、真偽を言うことは間違っていることになります。
ただ、そのことは脳内で変換しましょう。

すると、その意見に対して「好き」か「嫌い」かということになります。
「反対するか」「反対しないか」という視点でもあります。

事実ではないものに対しては、何を持って判断しているのかというその人なりの理由があります
生理的に受けうけつけないという直感だったり、その人なりの論理があるのかもしれません。

なので、確実には反論することはできないことがわかります。
私が反対したとしても、その私の反対意見もによって決まっていることになるからです

これは、議論を否定しているわけではありません。
様々な見方ができるという視点の取り入れです
コミュニケーションでは、相手の言葉をいったん肯定して、その上で反対意見をいうと、直接反対意見をいうよりも聞き入れられると言われています。

実証できないものであれば、まずは相手の言葉とその理由を推測してみようという考えが持てます。
実証されている事実であれば、その真偽を確かめられますが、道徳的な意見は真偽を確かめられないからです。

情動主義を図にします。

実証できる「事実」=真偽が問える

実証できない道徳的な命題=真偽が問えない

次に同じく非認知主義の立場から、指令主義をみていきましょう。
こちらも、コミュニケーションに役立ちます。

非認知主義から指令主義をみてみる

非認知主義の立場から、リチャード・マーヴィン・ヘア(1919~2002)は指令主義を唱えました。
指令主義では、道徳はその行動を選択する指令を出すことだと考えます
ヘアによれば、主張者が言ったことはそれをみんなに指令して強制します。

具体的に見ていきます。

僕は迷惑をかけるのは間違っていると思う。

(迷惑をかけないようにしなきゃ。)

道徳的な意見なので真偽は問いません。
ただ、このような意見を聞くと、その行動を選択するように指令を出されているように捉えられます

この言葉の例を、法律だと考えると理解しやすくなります。
例えば、迷惑について民法の基本原則の一項を見ていきます。
「個人の権利を主張するときは、他の人たちに迷惑をかけたり、他の人たちの権利を侵害したりしてはいけません。」とあります。
法律を守れと言うのは、指令になります。
>>子ども六法で法律を学ぶ

法律以外でも、道徳を言うことは指令を出すことにも通じます。
カントの道徳でも、定言命法がありました。
「汝、~すべし」という命令文です。
その内容として、道徳的な行為をすることは、無条件の命令だと言っています。

これらの例から、道徳を説く場合に根拠や理由がうすい場合は注意が必要です。
ただ自分の意見を述べるだけでも、他人に行為を強制することになるからです

ちなみに、ヘアにとって科学的な事実は、みんなに指令をしない言語になります。
聞いた人が身につけようとしたり、検証しようとしたりする知識になります。
行為を強制しません

指令主義を図にします。

実証できる「事実」=指令を出していない

実証できない道徳的な命題=指令となって人を強制する

次にこの非認知主義の2つの立場を考えてみます。

情動主義と指令主義における選択

情動主義指令主義を考える上で、興味深いジョークが21世紀の啓蒙にありました。
見ていきます。

来たれ、革命!革命が来れば、みんなが「イチゴのクリームがけ」を食べられるようになる!

でも、私は「いちごのクリームがけ」は好きじゃないな。

来たれ、革命!革命が起これば、あなたも「いちごのクリームがけ」が好きになるんだ!

「来たれ、革命!」という言葉は指令になっています。
革命を起こしてより良い世の中にしようとしています。
聞いている人は革命は賛成のようですが、いちごのクリームがけは嫌いなようです。
ここではがでてきました。

良い世の中には賛成していても、その内容に好き嫌いが潜んでいるという話です。
さらに、男性は好き嫌いも強制させようとしています。

このジョークからは、道徳を考えるときには人々が選択の機会を与えられるべきだということがうかがえます。

非認知主義における道徳は、「事実」ではありません。
なので、私たちは道徳を選択して考えられる機会が与えられています
法律や定言命法に従うとしても、その内容を考慮できます。

メタ倫理学の非認知主義まとめ

メタ倫理学では「善」や「悪」についての言語を論理的に考えます。
その一つの分野が非認知主義です。

非認知主義では、道徳は「事実」ではなく、道徳の知識は存在しないと考えます
非認知主義には、情動主義と指令主義があります。

情動主義では、道徳はその道徳の主張者の情動によるものという考えです
道徳の主張は「好き」「嫌い」の情動によります。

指令主義では、道徳はその行動を選択する指令を出すことだと考えます
道徳の主張を聞くと、聞く人は指示されて強制されているように感じます。

この非認知主義を覚えておけば、道徳の主張は「事実」ではないことになるので、相手は何を根拠にしているのかを考えることができます。
そして、ただ指令に従うのではなく自分で選択できる機会が増えます。

選択の機会を増やすためにも、道徳の主張に使われる知識は身につけておくといいね。

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