サルトルの実存主義とはー主体性を重視する立場にたつ

サルトルの実存主義哲学

サルトルの実存主義とは、人間の主体性を重視する思想です
もとの実存主義キルケゴールの「具体的に生きる私のあり方を探求する思想」です
ここ最近では、心理学が人気です。
その精神分析の創始者フロイトは、無意識が人を動かすと考えました。

その無意識の研究が進むにつれて廃れていったのが実存主義です。
けれど、自分の主体性を発揮しなければならないときが人生においてあります。

子育てとか、革命への参加とか、起業とかかな?

その時のためにも、実存主義を見ていきましょう。

サルトルの実存主義とは

サルトルの実存主義とは、「実存は本質に先立つ」という言葉で表されています
哲学用語図鑑 参照

実存ー人間の存在のこと。モノの場合は存在という。

本質ー存在理由のこと。

例で見ていきます。

私は気がついたら生まれてたよ。

産まれたばかりのことは、忘れちゃうかもね。

私は何で生まれてきたのかな。

その答えを私が言ったら、受け入れられる?
例えば、バイキンマンになるため!とか。

えっ、私バイキンマン好きじゃないよ。
じゃあ、自分で見つけてく!

でも、バイキンマンみたいに意地悪してなかった?

うーーん、気をつける!

「実存は本質に先立つ」とは、人間は気がついたら存在していて、本質が後になって出てくるということです。
自分の本質とは、自分の生き方でつくり上げていくものだとサルトルはいいます。

子どもがバイキンマンのような行動をしていれば、他の人からみれば本質がバイキンマンだと取られてしまうかもしれませんね。

人間は実存から本質がつくられます。
モノの場合は反対です。
モノは本質から存在が作り上げられます。

人間は「実存→本質」

モノは「本質→存在」

モノの場合を具体例で見ていきます。

疲れたから座りたい。

地面に座ると泥で汚れちゃうよ。

じゃあ、イスに座る。

座るものが必要だったから、イスが作られたんだね。

このようにモノは本質が先で、それが必要だから作られて存在することになります。

そこでふと疑問に思いませんか?
じゃあ、存在理由という本質が先に私にあったとすると、私はモノなのか?と。
誰かに存在理由を決められてそれに従った場合、ということです。

人間は実存から本質がつくられるとサルトルは言いましたが、それには不安と責任を負うといいました。
その不安と責任をみていきましょう。

サルトルの実存主義と「自由の刑」

サルトルの実存主義では、「人間は自由の刑に処されている」と表されます
モノと違って、人間は存在理由を自由に作ることができます。
その自由が不安と責任をともなうので大変だということです。
どういうことなのか具体例で見ていきます。

高校生
高校生

私は学校の先生になりたいな。

将来の目標があって、それに向けてがんばってるんだね。

高校生
高校生

うん、受験勉強がんばってる!
自分の責任は自分で負わないといけないから。

ほーら、ゲームにテレビだよ。

高校生
高校生

この誘惑に負けたら、自分に負けたってことだからいらない!

無意識ではなく、自分の意思で決めてるってことだね。

高校生
高校生

私は過去の自分にも打ち勝ちたいんだ!

自分との格闘に、受験が受かるかどうかはわからない。
不安と責任がいっぱいだね。

高校生
高校生

うん、それに先生になれたとしても、その先はどんな先生になりたいのかを見ていくよ。

これが自由の刑に処されてるということで、絶えず自分と闘います。
反対の例もみていきます。

僕は親に教師になったらいいと言われて教師になった。
僕は教師だ!

この場合、自分を偽ってるとサルトルは言いそうだね。

与えられた役割を演じることは、居心地がいいよ。
親も認めてくれるし、責任を押し付けられる。

自分の視線と他人の視線が役割を決めてしまう例だね。
存在理由を先に設けているということは、モノなのかな。

人間だからモノではないと思うけど。
役割はモノなのかな。

人間は「あるところのものでなく、あらぬところのもの」だとサルトルは語ります。
つまり、「過去の私でも今の私でもなく、私は未来の私」であるということです。

この例で言えば、女の子はまだ先生になっていないのでそれに向けて取り組んでいます。
そして、先生になれたとしてその肩書に甘んじることなく、先を見るということです。そのように絶えず未来を見て自分と格闘することは大変なので、サルトルは「人間は自由の刑に処されている」と言いました

では、なぜ実存主義は廃れてきてしまったのか。
その理由を探っていきます。

サルトルの実存主義と構造主義

サルトルの実存主義構造主義によって否定されて、廃れてきました。
構造主義とは、人間は社会の構造の中で、そこに染まって生きるという考え方です

>>構造主義を詳しく知りたい方はこちら

サルトルは、歴史は理想的な方向へ向かっているという哲学者ヘーゲルの見方を参考にしています。
歴史を理想的な方向に向かわせるために、社会参加(アンガージュマン)すべきだといいました。
具体例で見ていきます。

今の政治はダメだ!
僕は反対運動を起こす!

理想があるから運動するんだね。

よし、新しい政府になったぞ!

運動の成果だね。

おかしい、貧富の格差が広がったり、虐げられる人が増えた。
地球環境も悪化してしまった。

運動しても、生活は良くならなかったんだね。

それでも僕は運動する。
希望と共に死んだ方が本望だよ。

社会参加をして運動をしていっても、より良い未来になるわけではない
このように構造主義は語ります
歴史は核を生み出したり、環境破壊を続けています。

そして、個人にしても当てはまります。
私はがんばって勉強したのに先生になれなかった、または、先生になったけれど理想と違っていたという無力感がつきまとうようになるかもしれません。
他にも、人間は無意識に動かされていて本質はないんだという考え方もあります

このような運動をしたとしても、進歩はしないという発想は構造主義を後押しします。

それでも、21世紀においてはまた実存主義が見直されています。

サルトルの実存主義が見直されてきた理由

サルトルの実存主義では個人が主体的になるので、全体主義を批判します
全体主義は、差別をうむ構造をしています。

>>詳しくはこちら。「レヴィナス」の顔とはー全体主義との関係

全体主義にならないためには、一人一人の顔をみることだとレヴィナスは言います。
この一人一人を見ることは、実存主義を思い出させます。

加えて、人工知能が発展していくと機械が人間より頭が良くなります。
その場合、人間が「ホモサピエンス」という知性人として定義されていると、機械に対して人間が劣っているという判断が出てきてしまいます。
個人が主体という人権に定義を置いていけば、そう思うことはなくなります
その定義を変える手助けになるのが実存主義です

例で見ていきます。

高校生

何もしなくても同じなら何もしない。

何もしないのがいいってこともあるからだね。

高校生

私はそのうち、人工知能に従うようになるんだ。
でも、それも時代の流れ。

そう思っているのが、構造主義による時代の枠組みのせいだとしたらどうかな?

高校生

この無気力感はこの時代の考えのせいなの?

そうかもしれないよ。「21世紀の啓蒙」では時代はよくなってるって書いてあった。

高校生

あっ、運動によって虐殺とか戦争がなくなってきているって書いてある。

その時を見れば、運動によって前進したんだね。

全体主義への批判や、ホモサピエンスの定義を変える手助けに、実存主義の思想は役に立ちます

サルトルの実存主義まとめ

サルトルの実存主義は「実存は本質に先立つ」という言葉で表されます
もとの実存主義はキルケゴールの「具体的に生きる私のあり方を探求する思想」です。

サルトルは人間がどうのように実存するのかを問いました。
実存主義とは自分が主体的になって、どうするのかを決めます

それは構造主義が主流の世の中に対して、新しい価値観をもたらします。

集団に流されて自分を見失いそうになった時や、自分が少しでも前進していると思う時に役立つね。

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