ソクラテス「無知の知」を聞いたことがありますか?
この「無知の知」のストーリーをたどると、現代の問題と重なるところが見えてきます。

重なる?紀元前の人なのに!?
(参考文献は本文下に記述)
ソクラテス「無知の知」の意味
ソクラテス「無知の知」の意味は、自分の無知を知ることです。
ここでは、無知の知として扱っていますが、出口治明は「不知の自覚」と呼ぶべきだと主張しています。
「不知の自覚」の意味は、正確には何も知らないことを自覚することです。

どう違うのかな?
違いを見るために、「無知の知」の成り立ちを見ていきます。
「無知の知」の成り立ち

ある日、アポロン神殿の巫女が「この世でソクラテスが一番賢い」と言いました。
それを聞いたソクラテスは、自分は何もしらないのになぜ巫女に賢いと言われたのか不思議に思います。
ソクラテスは賢者に善や正義の意味を聞きましたが、みんな知っていると思っているだけで答えられません。(哲学用語図鑑)

そうか!自分のように「知らないことを知っている人」の方が賢いから、巫女はそんなお告げをしたんだ!
アポロン神殿の柱には、「汝自身を知れ」という言葉が刻まれていました。
ソクラテスは、この言葉も参考に、自分が何も知らないことを自覚しました。
この話を通じて、「無知の知」と名付けられました。

そっか、巫女に言われて気がついたんだね。
では、どうしてこの「無知の知」が有名になったのでしょうか。
ソクラテス「無知の知」が批判した思想
ソクラテス「無知の知」は当時の賢者たちを批判しています。
その批判を通して「無知の知」は知られるようになりました。
当時の賢者とその思想をみていきます。
当時の賢者は、ソフィストと呼ばれていました。
ソフィストとは
ソフィストとは、もとは「賢い人」ですが、後に職業牧師をさすようになりました。(哲学用語図鑑)

当時のアテナイは、市民が政治に参加できました。
その為、市民は自然から法律や掟に関心を移していきました。

政治はニュースでチェックしてる!

そこで青年たちは高いお金を払って、政治家になるために必要な答弁術を哲学者に学ぼうとしました。
弁論術を教える哲学者をソフィストといいます。

ニュースでも、失言は叩かれているから、叩かれない方法を学ぶんだね!
ソフィストを代表する一人にプロタゴラスがいます。
プロタゴラスの相対主義
プロタゴラスはアテネで活動したソフィストです。

世の中には絶対的「真理」なんてない!
人間は万物の尺度である。
このような考え方を相対主義といいます。
プロタゴラスによれば、個々の人間の判断があらゆるもの(万物)を決める基準であり、それぞれの判断を「真理」だとします。
よって、普遍的な「真理」は存在しないと考えました。
例えば、

この犬🐶ちょー可愛い!

噛まれそうだから、怖い!
可愛くない。
この2人はどちらも本当のことを言っています。

今日は寒い。

私は暑いよー。
このように主張したとしても、どちらも本当になります。
おじいさんは寝起きかもしれないし、女の子は動き回っていたのかもしれません。
こう考えていけば、みんなに共通する「真理」は存在しません。
「普遍的な判断基準」はないとする考え方です。
(「オッカムの剃刀」の記事では、普遍実在論と唯名論の問題を扱っています。)
相対主義が批判された理由
絶対的「真理」は存在しない。あるのは、相対的な「真理」だけ。
この態度であれば、他人を批判することなく、受け入れることが可能にみえます。

どこが悪いの?
歴史をたどると、ソクラテスが38歳の頃、アテナイとスパルタでペロポネソス戦争が勃発していました。
どちらがギリシャの覇権をとるかで争っていました。
そして、相対主義ではこのような問いが生まれます。

どうして戦争は悪いの?
どうして人を殺してはいけないの?
問いが生まれることは、その問題を解決させる手段になります。
しかし、その内容の答えに関して、絶対的な「真理」がないとすればどうなるかを考えていきます。

戦争はいいんだね!
人を殺してもいいのかぁ。
答えが個々人だけに求められる場合、その個人にとって答えが違くなってしまいます。
戦争をすれば経済的利益が出るだとか、人間の歴史は戦争を通して発展してきたとも言えますが、それを良いものだと判断するにはリスクを負います。
そして、ソフィスト達はそれぞれの立場から、自分たちを自己正当化しました。
相対主義での弁論によって、自分たちの私利私欲のためであってもそれを気がつかれないようにします。
そして、言いくるめた者が勝ちという風潮を作り上げました。
ソフィストの相対主義の使用例
では、実際にソフィストはどのように相対主義を使ったのでしょうか。
ソフィストは思想を政治の答弁に使います。
絶対的な「真理」が存在しないので、相対的に考えていけばどんなことでも法律や規則になってしまいます。

先生!税金を上げたいんですが、みんなにどう言えばいいですが?

お金は人の命よりぜんぜん安いといえばいい。
強者と弱者を比較して、弱者が有利なように語ればいい。
このように答弁していけば、税金が上がることは受け入れやすくなります。
政治以外にも使えます。

新商品のパソコンが売れるようにしたいんだけど、何かいい方法ないかな。

そのパソコンの値段は10万円だけど、それを分割してみては?
一か月たったの5000円で手に入ると言えば、買う人は自分の生活状況と金額を比較して考えることができる。
この相対主義での答弁は、いいことにも悪い事にも使えました。
この状況があったからなのか、ソクラテスはこう考えました。

ただ生きるということではなく、よく生きること
このように考えたソクラテスは、問答法を使ってソフィストと対話をしました。
ソクラテス「無知の知」問答法とソフィスト
ソクラテス「無知の知」を使って、ソクラテスがどのように対話をしたのかを見ていきます。
ソクラテスの問答法
ソクラテスは、ソフィストのように相手を一方的に説得しようとはしませんでした。
まずは、相手が知っていると思い込んでいるものを語らせます。

私は税金を上げることがいいと思う。
まず相手に主張させます。
ソクラテスは相手の主張を覆すための前提を持ち出してきて、相手にそれを認めさせます。

税金を下げたときに、経済が活性化したことがあったよ。
そうなると、相手はこれを認めざるを得ないので、税金を上げることがいい、という主張が間違っているんじゃないかと考え始めることになります。
ただ、逆もしかりです。

税金を下げることにしよう。

税金を上げたときに、恵まれない子にお金を渡すことができたよ。
自分の主張は、相手の意見によって変えていくので、意見の押し付けにはなりません。
どこまでも、対話が繰り返されます。
税金を下げる→反対理由→税金の目的は?→税金の成り立ちは?→税金の意味は?→政治とお金の関係は?・・・・→善とは何か?
このように対話はずっと続いていきます。
問答法は質問することで本質に近づく方法です。(哲学用語事典)
ソクラテスがこのように質問を繰り返したのは普遍的「真理」に近づくためでした。
このような問答で相手に相手の不知を自覚させるので、「産婆術」とも呼ばれます。
相手が自分の答えを生み出すのを手伝うことと、お産を助けるのをなぞらえました。
ただ、ときにソクラテスは殴りかかられたり、蹴られたりしたそうです。
そんなとき彼はこう呟いたそうです。

もしロバが僕を蹴ったのだとしたら、僕はロバを相手に訴訟を起こすだろうか。
問答法を用いて失敗しても、こう思って自分を納得させればいいのです。

ソクラテスは答弁として比較を使ってるように見えるけど、ソフィストって言わないの?
ソクラテスはソフィストではない?
このような問答術では、ソクラテスもソフィストなのではないかと疑問がわきます。
ソフィストは元々は「賢い人」という意味でしたが、弁論術を有料で教えたことから、詭弁屋と呼ばれるようになりました。
詭弁を言うようになった理由は、お金を払ってくれた相手に論争で勝つテクニックを教えなければいけなかったからです。

私は報酬をもらわない。なので、詭弁を立てない。
むしろ、貧富の差別なく何人の質問にも応じる。
望む者には、私の考えを話そう。
ソクラテスは自分のことは「フィロソフォス(知を愛する者)」と定義しました。(哲学の教科書)
知を愛する者は、知を手に入れるためにひたすら知を求めます。

でも、ソクラテスだって、生きるために何かは得ていたんでしょう?
じゃないと、生きられないよ。
その当時の人々には、ソフィストの一人とみられていた可能性もあります。
また、お金を稼ぐことに対して、批判的なことを言えるのでしょうか。
問答法を使ってそれも議論ができます。
ソクラテス「無知の知」まとめ
ソクラテス「無知の知」は、 正確には何も知らないことを自覚することです。
問答法で、詭弁を使うソフィストに「無知の知」を自覚させました。
ソフィストが使う相対主義は、答えが個々人によるので、危険をはらむ面があります。
ソクラテスは自分を、知を愛する者だと定義しました。
現代の問題と重なる点としては、相対主義をどのように見ていくのかがあります。
相対主義によって普遍的「真理」を求めないことで、道しるべや目的、目標といったものが希薄になります。

私はなんでも考えちゃって相対主義になりがち。
その悪い面も見ることができたよ。
参考文献
「哲学用語図鑑 田中正人 2015」「哲学用語事典 小川仁志 2019」「哲学と宗教全史 出口治明 2019」「哲学の教科書 小須田健 2003」
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