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いらいらが減る!?新実存主義を身近に。

おはようございます。けうです。

昨日もベルクソンについて読んでいました。

それで、気になった点は、哲学者はよく哲学について語っている点です。

ちょっとツイートにまとめてみました。

 

哲学は考えられた事物というよりは思想の動き、動きというよりは方向ともいうべき意味がある。

哲学者は自分の直観をわれわれに伝えることで、その事物についての確信を与える。

哲学者は同意を求める。

哲学の本質は単純の精神。

哲学を学校から引き出して、生活に接近させたい気分になる。

 

まさしく私が思っていた哲学ぞうを言葉にしてくれたなと思ったまとめです。

 

ベルクソンは文字だけで論じようとする哲学者を、哲学者ではなく言語学者と言っています。

 

1つの哲学をそれでないもので作り直し、そのまわりにあったものと結びつける努力をしなければ、おそらくいつまでたってもその哲学の真相には達しない。

だから、哲学者は一生論じることになる。

でも、基準はあって、哲学者は主張することを変えるかもしれませんが、自分が否定したことはほとんど変えない、と述べます。

哲学について論じられた部分を読みつつ、私のブログの題名哲学を身近に、は、哲学を表すのもあっているなと思いました。

 

そこで、今日も身近にあったことから哲学を考えていきたいと思います。

 

連休が始まりましたね。

 

私はスーパーの仕事についているんですが、昨日の込みようはすさまじかったです。

 

レジ台数が15台以上あるんですが、全部開いていてもお店の真ん中くらいまで並ばれてしまうこともあって、一種のテーマパークのようになっていました。

 

それで、一人一人に接しているので、意外と私はみなさんと接したことがあるのかな、なんて考えてました。

 

で、レジをしつつ、袋をおつけしますか?とか、はしをつけますか?とか単純な会話をします。、

 

この単純な会話は、混んでいるときにはスムーズにすんで欲しいと私は願いつつ問いかけます。

 

たいていのお客さんはわかってくれて、私がとうとつに袋はつけますか?と聞いても騒がしい状況であっても予想して答えてくれます。

 

ふと、この状況って、哲学用語の対象領域だなと昨日思っていました。

 

対象領域とは、特定の種類の諸対象を包摂する領域のことです。

例えば、レジの場面がそこにあって、そこではしや袋を聞かれているからそれについて答えようとすることです。

レジではしを聞かれたらいる、いらない、と本数を聞いているのでそれにこたえるのが正解です。

急にはしって?となり、川にかけてある橋じゃなくて、食べ物をたべるためのはしだよね。

と切り返されたら、レジ店員の私はとまどいます。

レジの場面を想定しなければあっている答えなんですが、レジでの会話を思うと不正解になるんです。

 

混んでいる状況だと、状況がよめていないお客さんだな、とレジ店員の私は思います。

 

この対象領域はその場の空気みたいなものです。

 

レジで聞く質問には、空気を呼んで答えてね、という暗黙のルールを設定してしまっているのです。

混んでいるときにはそれをとても強く。

 

本来なら会話を楽しみたいところなんですが、混んでいるとそうはいきません。

 

そして、なぜその空気のような対象領域が必要かというと、私たちはお互いの主観的な言葉の意味をもっているからです。

 

私が使うキモいも、野菜、も冷蔵品も、それぞれに私の意味を持っています。

 

ただ会話において、どうしてそれほどスムーズに意思疎通ができるのかというと、対象領域を自分たちがきめているからです。

 

まぁ、混んでいる中でも自分の言葉の意味を言ってくる人もいます。

 

マイバックには冷蔵品だけいれてね、とか。

急に私はその人にとっての冷蔵品を想像するんですけどね。

中には冷蔵品とはくくれないものもあります。

 

混んでいることの弊害は、人に普段よりも空気を押し付けることだなと思いました。

 

さて、ここで私が何を論じたかと言うと、この前、実存主義と構造主義を話しましたよね。

 

私の真理がある実存主義。

私なんてなくて、まわりによってきめられているという構造主義。

 

その真ん中に位置するような、新しい考えかたが新実存主義。

社会に規定されていることを思いつつも、私だけの真実ももっているという思想です。

 

私は空気という構造に流されてしまいがちだけれど、よくよく会話をすると、その人独自の区分けや考え方といった実存主義があるという、二つをとっと新実存主義です。

 

まわりくどかったですが、哲学用語は身近にできます。

 

身近に感じられないと、その用語って忘れてしまいますよね。

ならば考えたいことを、身近にするのはその用語を理解するのにとてもいいなと。

 

新実存主義は今、人気のある哲学者、マルクスガブリエルの考え方です。

 

スーパーでかんがえると、

スーパーでみんなが並んでいるというその状況。

お客さんが考えるその状況。

店員の私が考えるその状況。

買い物をするという一般的なその状況。

と様々な視点が見えてきます。構造も自分の意見も、他の人の意見も取り入れています。

 

なので、私が袋やはしを聞いて、変な答えが返ってきたとしても、いらいらしてはいけないなと思います。

 

それは私の考えなのだと。

 

新実存主義を考える利点がここで浮かんできましたね。

そう考えると私のいらいらは減ります。相手の考えを楽しめますからね。

 

さて、今日も午後に仕事にいってきます。

聞いてくださったあなたも、スーパーが混んでてコミュニケーションのすれ違いになってしまったとき。

いらいらするのではなく、違いを楽しんでみてください。

 

では、今日もありがとうございました。

 

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