【 思考感覚とは 】なぜ思考は5感ではないのか。

思考感覚哲学

今をときめく哲学者マルクス・ガブリエルの著書では、ときおり思考感覚という言葉が登場します。

哲学のなすべきことは、いつでもそのつど繰り返し一から始めることだ

このように語る彼は、思考について一から考えています。

思考感覚とはなにか?

それでは、見ていきましょう。

ベストセラー「なぜ世界は存在しないのか」(2018)
マルクス・ガブリエル欲望の時代を哲学する」(2020)参照

(マルクス・ガブリエルはまだ仮説という形で提示しています。)

思考感覚とは

思考感覚とは文字通り、思考も感覚であると考えることです

マルクス・ガブリエルは問いをたてます。

「人間は同じ人間というだけで、どうして同じ感覚を共有できるのか?」

その答えはこうです。

わたしたちの感覚はけっして主観的なものではない

例えば、人と会話する場合を想像します。

これすべすべで触り心地がいい!

ほんとだ!すべすべ。

僕ちゃんと出来た。

ちゃんと服が着れたね。

伝わる時があるときに私たちは何かを想定しています

複雑になれば「ちゃんと」の内容がわからなくなる場合はあります。

その場合は、間違っていた感覚として捉えればいいのです。

目を閉じてウサギを触っていたつもりが、事実は人形だったように。

わたしたちの感覚は、「わたしたちの頭のなか」にあるのではありません。

「現実のなかに」あるいは「実在性のなかに」あります

このような感覚として思考を捉えるとは、どのようなことでしょうか?

詳しく見ていきます。

思考を感覚にする理由

マルクス・ガブリエルは「私」は脳であるという科学からくる思い込みを否定します

その思い込みを破るには、思考を感覚だと考えればいいのです。

機械には感覚はありません。

機械は生命体ではないからです。

私たちは人工知能という思い違いをしているとマルクス・ガブリエルは言います。

感覚から言えば、機械が知能を持つことはありえないのです

では、なぜそんな誤解が生じているのか。

誰も、人間という有機体がどのように感覚の統合を行っているのかを解明できていない

感覚の統合によって思考が生じるという説を、誰も解明できていないからだと言うのです。

なので、人工知能でもブラックボックス問題があります。

人工知能がどのように回答をだしているのか、課程がわからないという問題です。

さまざまな実験によって解明できていないのであれば、思考感覚を導入してみてはどうかとマルクス・ガブリエルは述べます。

私たちが夢と現実を見分け、現実にリアリティを感じる理由も、思考感覚を使えば容易に説明できます

一方、機械は仮想なのか現実なのかの区別ができません。

人間だから区別ができているのです。

批判している思考の「伝統的な考え方」を見ていきましょう。

伝統的な考え方とは

「人間の思考についての考え方は、プラトンやアリストテレスに、また、カントや現代神経科学にも見られます。これらを『伝統的な考え方』と呼ぶことにしましょう。」

その考え方によると、人間の感覚と知覚のあいだにカテゴリー上の違いがあります。

「アリストテレスの考察によれば、思考は、わたしたちのさまざまな感覚を整序・統一して、ひとつの対象に関係づける。」

伝統的な考え方=思考とはデータの集積

知覚とは外から来る概念であり、その外からの刺激に反応して、思考がまとめ上げられると考えられてきました。

しかし、知覚を考えてみます。

手の痛みを意識したら痛くなってきた。

考えることで知覚が現れることがあるね。

それが本当の痛みであれ、偽物であれ、思考は私の感覚器官の能力を働かせます。

知覚は外から来ますが、私たちは思考によってそれを発見しています。

「思考とは、考えを把握すること。」

このようにプラトンは語っているといいます。

マルクス・ガブリエルはこの考え方を受け入れます。

伝統的な考えをすべて否定するのではなく、一部の変更を要求しています。

思考が意味するもの。それは、私たちが、すでにそこにある感覚をみつけることなのです。

私たちは思考と聞くと、何かを変えたり新しい発見をすることだと誤解しがちです。

しかし、そこにあるものを見つけることを思考と言います

マルクス・ガブリエルは現実の中にはすでに意味があり、私たちはそれを表現すると述べているのです。

例えば、算数のテストではそこにある回答を答えさせるので、採点ができます。

子どもが悪いことをしたときも、相手の気持ちを考えてみてと言うことで、ある感情を子どもに当てさせようとします。

気持ちはわからないよ!

まず、転んだっていう事実をみてみて。

相手は痛いと思ってるだろうな。

一般的に「よく考えて」というときに、質問をする側は答えを想定しているのです。

では、思考感覚によって成り立つ身近な例を見ていきましょう。

思考感覚の身近な例

私が考える思考感覚の身近な例を紹介します。

アート思考による思考感覚

前回のブログ記事でアート思考を説明しました。

その内容は、目で感じる常識を疑った作品が20世紀のアートとして登場しているという話です。

衝撃なのは、便器がアートになったことです。

これは、見ることを意識させるよりも、なぜこれがアートになっているのか人々に考えさせます。

アート思考では、視覚以外でも作品を見せているのです

通常、私たちは5感で作品を見るといいます。

視覚ーそのまま絵をみることです。

聴覚ー音楽は耳で感じます。

味覚ー味わうことで料理もアートになります。

触覚ー触り心地をアートにした作品があります。

嗅覚ー匂いから作品を味わうこともあります。

思考ー作品を考えることで感じます。

20世紀アートの役割の一つが考えさせることで感じさせるのだとしたら、思考をその中に入れて芸術を6感でみるといっても違和感はありません。

芸術作品は常識を崩していく問いを立てているので、もしかするとまだ6感以上の作品の味わい方を摸索していたり、もう登場しているかもしれません。

平衡感覚もある!

ほんとだ!なら時間感覚とかもかな。

5感以上のものは発見されています。

認知特性から考える

認知特性とは、人によってどの感覚が優位なのかが違うということです。

例えば、ピラミッドの作り方を説明されたとして、視覚にされてようやく分かるといった違いです。

人がものごとを知覚する時に、人それぞれに得意な感覚があると言われています。

あなたの認知特性で優れているのは何か、と言った心理学テストも存在します。

大まかに、「視覚優位」「聴覚優位」「言語優位」があるとされています

視覚優位は、ものごとを理解するときに視覚に頼ると理解しやすい特性があります。

聴覚優位では、音による理解が優れていることを示します。

言語優位では、文章を映像化したり図式化すると理解がしやすいタイプです。

この3つだけではなく、嗅覚や触覚でものごとを理解しやすかったり、覚えているという人も存在するでしょう。

ママ、だっこー。

子どもは触覚優位かな?

ここで私が言いたいのは、このフローチャートに言語が入っているということです。

言葉で理解してから映像化したり、図式化したりする。

アリストテレスの言う5感から思考に束ねられるという発想とは逆です

あるカウンセリングでは、視覚優位、聴覚優位、体感覚優位、これに加えてオーディトリー・デジタル(内部対話)という発想があるそうです。

独り言(内部対話)によってものごとを理解するタイプです。

タイプ別に分けられているテストが存在していて、それにしっくり来ている人がいる。

そうなれば、5感に思考が入ったとしても違和感がありません。

言語で理解をする、ということを詳しく見ていきます。

言語優位とは

例えば、メガネを探しているとします。

おじいさん
おじいさん
 

私のメガネしらない?

もぐもぐ!?「メガネはかけているよ。」

おじいさん
おじいさん

かけてた!ありがと。

おじいさんは実は目の前にあったメガネを探していました。

そこへ、ちょうど口を使えない相手が「メガネはかけているよ」とメモで伝えました。

おじいさんはメガネを見ていたはずです。

でも、メモを読んだおかげでメガネがどこにあるのかわかりました。

言語優位で表されるのは、見ることではなく読むことによる理解が優れているということです。

文字も見ているので視覚と間違えやすいですが、この場合は言語から理解したと考えます

よく人は5感の中で視覚が優れているといいます。

100見は1見にしかずともいいます。

けれど、よく考えてみると視覚ではなく言語で理解している場合も多いのではないでしょうか

テレビを見るときに、テロップを読んでいたり、図解も文字をたよりに理解していることが私たちには多々あります。

そして、聴覚優位と言ったとき、それも音楽を聴くのか言葉を聞くのかで違ってきます。

思考感覚を具体的に考える

身近な例を挙げていくと、思考感覚は存在するのではないか、と思えてきます。

あると想定した上で、その思考感覚がどのように扱われているのかを見ていきます。

多くの考えることを考えている人は、知識には2段階あると述べています。

ショーペンハウアーは、「読書は、他人にものを考えてもらうことである。」(読書について)と述べます。

本を読んで得たものが自分のものになるには、熟慮が必要だと述べています

他にも、読むだけでは身につかない読解力を鍛えようという本もあります。
「頭がいい」の正体は読解力 樋口裕一 2019)

わかりやすく表現されていると思うのは、こちら。

知識は、はじめは情報として私たちのもとに届けられますが、それをその場限りで利用するにとどめるのではなく、『学習』し自分の人生を生き抜くための素材として末永く使える形で自分のうちにとどめられたとき、それを初めて『知識』と呼びます。」
(「なぜヒトは学ぶのか」安藤寿康 2018)

情報⇨知識

と表されています。

多くの自己啓発本では知識を分けています。

ここでの「情報」の意味は、みんなが同じような思考を持つということです。

それならば、初めに得る「情報」を思考感覚と名づけるのはどうでしょうか

マルクス・ガブリエルは現代人におけるテレビの大衆操作機能も、思考感覚によって可能になっているのではないかと推測しています。

感覚として同じ思考を私たちに感じさせることができるのです。

痛みと同じように、みんなが同じ思考感覚を得る。

ただ、感覚の鋭い鈍いといったものはあるとマルクス・ガブリエルは述べています。

思考の訓練をして感覚を鋭くする必要があると述べます。

美味しいものがわかる舌のような、鋭い感覚です。

なんか、この言葉は深い気がする!

感覚が鋭くなったのかもね!

思考感覚ーまとめ

哲学者マルクス・ガブリエル思考感覚という概念を導入しようと試みています

人間が同じ感覚を共有できることに対して、感覚は主観的ではなく現実の中にあると述べます。

そして、アリストテレスから続く5感と思考の区別に疑問を持ちます。

思考感覚を導入すると、人工知能は存在しないとわかります

生命体にしか、感覚は持てないからです。

身近な思考感覚の例として、20世紀からのアート思考を述べました。

他にも、言語優位を考えることで思考が感覚になっている例を紹介しました。

感覚として私たちは同じ思考を思い浮かべます。

同じ思考になることや、情報操作への批判も存在しています。

思考感覚を鍛えたいね。

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