「全体主義の克服」今の全体主義をわかりやすく解説

全体主義の克服哲学

全体主義の克服」(2020,8)では、マルクス・ガブリエル中島隆博によって全体主義が話し合われています。

今現代、気がつかないうちに私たちは全体主義に組み込まれています

なぜ気がつかないのか?

詳しく見ていきます。

2つの全体主義

全体主義の克服」では、今現在、私たちは全体主義の中にいると述べられています。

全体主義とは何でしょうか。

全体主義とは、個人よりも国家、民族、人種などの集団を優先する思想です。(哲学用語図鑑 参照)

集団 > 個人 (優先度)

具体的にはドイツのナチズムが想像されます。

戦前の日本で神風特別攻撃隊が編成され、国家の為に個人を犠牲にする思想も全体主義です。

公的な領域と私的な領域の区別の破壊」が起こります。

しかし、疑問がうまれます。

全体主義はナチス政権や日本の戦前のときに使われていただけで、今は違うのではないかと

そう、今の全体主義は違った形になってきていると本では述べられています。

本にそって、2つの全体主義の違いを見ていきます。

昔の全体主義

昔の全体主義は、ナチ・ドイツの独裁体制や戦前日本の思想です。

「これらの全体主義の運動を特徴づけていたものは、人々が家族や隣人を攻撃するようになったことです。」

例えば、知人や親族が国家にそむいたことをしていると、警察に告発し合いました。

みんながみんなを監視するシステムを作り上げて、国家が人々に私的な空間を与えないようにしたと述べられています。

ソフィスト

あの人が戦争反対だって言ってました。

告発されて捕まることもあったね。

国家や指導者によって規則が作られ、それに従った行動を誘導されていきます。

国家による特別警察公と私の境界線が破壊されてきました

では、今の全体主義を見ていきましょう。

今の全体主義

今の全体主義は、人々が自ら進んで公と私の境界線を破壊していると述べられています。

例えば、自営警察という造語をよくテレビで耳にするようになりました。

ソフィスト

こんなことしていいの?匿名で批判だ!

行動を言っただけで、批判されることがあるね。

ネットに批判があふれていることを知っている私たちは、批判される発言を控えようとします。

今、進行している全体主義の核心は、デジタル化です。」

SNSを使う場合、誰でも批判ができるので私たちは批判されないように気を配るようになりました。

一般人による自営警察に公と私の境界線が破壊されています

私は批判しない、という人もいるでしょう。

しかし、気がつかないうちに組み込まれてしまっているのです。

詳しく見ていきます。

全体主義に組み込まれる理由

全体主義の核心はデジタル化だと述べました

その理由を追っていきます。

一つ目はインターネットに民主主義がないことです。

インターネットは非民主的

例えば、グーグルのトップページは私たちが決めることはできません。

民主的な権利が届いていないことがわかります

トップページの下にメッセージが載っています。

それは、企業からのメッセージなのですが、私たちはインターネットをやるときには目にしています。

グーグル検索をするときも、その検索基準はグーグルによります。

ブログがトップ表示されるようにしたい!

ブログを読んでもらうためには、通る道だね。

ブロガーの場合、ブログが上の検索にかかるように仕組みを勉強しますね。

他にも、グーグルのアルゴリズムによって、個人に好まれる情報が示されるようになりました。

良い悪いと言うのではなく、情報操作されやすくなっているという事実です。

検索によって答えがすぐにわかる

「ググる」という言葉も一般化しました。

何かわからないことがあれば、グーグルで検索するという意味です。

私たちは疑問の答えをすぐに手にいれられるようになりました。

答えを考える時間がなくなってきたのです。

私は前回、思考の過程が哲学だと述べました。

それによれば、人々が哲学をしなくなってきたということです。

哲学の利点が受けられなくなります。

非民主主義のネットから情報を得ることで、偏った視点がでてきてしまいます

50+51=100。

ソフィスト

それは間違い!勉強し直しなさい!

いろんな視点がなくなっちゃう。

人々の多様性がなくなっていきます。

見たくないものを見ないようにできるのです。

インターネットは企業の利益になる

さらに、インターネットを使用するとき、企業にお金が入ることを私たちはあまり意識しません。

マルクス・ガブリエルが言うには、企業は私たちを労働させ搾取しているのだから、賃金を払うべきだと主張しています

私はこの主張に、ミヒャエル・エンデ作「モモ」を思い出しました。

モモの副題は「時間どろぼうと盗まれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語」です。

ストーリーでは、時間どろぼうが人々に時間の短縮をせまります。

仕事の効率化、私生活の効率化をして、余った時間を貯金していけばいいというのです。

時間どろぼうですから、実際には余った時間は貯金されていないのです。

これをネットに当てはめてみると、気がつかないうちに働いていて、それが搾取されていることになります。

もちろん、仕事も大事です。

大事なのですが、他の大切なものにも気がつかされたり、仕事ばかりになっていないか、という視点が持てます。

今の全体主義の中に自分がいると、問題が見えにくくなってしまいます

インターネットを超えて、日常の具体例を見ていきましょう。

今の全体主義の具体例

全体主義の克服」では、今の政治体制も新しい全体主義だと言います。

政治からみる今の全体主義

各国のトップにいる人々が独裁政権をふるうことを私たちは怖がっています。

しかし、私たちが民主制度によって彼らを選んだのです。

『上』の指導層に問題があるなら、それを選んだ『下』の人々に問題がある」このように本では述べられています。

民主主義によって立てられたトップの人が他の人に入れ替わっても、『下』が変わらなければ同じ事態が発生します。

市民的服従」があらたな全体主義の本質だと述べられていました。

市民的服従とは、市民たちが自ら疑似独裁を生み出すことです

政治はお金を再分配することだって習った!

再分配するためには、どこかでお金を集めなきゃだよね。

次に、科学技術の発展という視点からみていきます。

科学技術の発展と今の全体主義

例えば、中国の人々はひとつのアプリを通じて、完全に政府の管理下に置かれています

どこで飲食をしたのか、笑顔、書類、お墓参りの回数までが記録されています。

これによって社会信用のスコアがでてきます。

この基準は「儒教的価値観」に基づかれているそうです

日本でなら、何かをすると「罰があたる」という思想がアプリによって可視化されることを想定すると、想像しやすくなります。

古来から言われている倫理のどこがいけないのか。

このような謎を持つかもしれません。

固定化されていくことが問題なのです

人々の状況や、その時の視点は多様性を持っています。

どうしてもお墓参りできないことがあったとしても、その理由が複雑な場合にアプリには登録できません。

ただ、社会信用スコアが減るのです。

これにより、自分の行動がアプリに強制されている気持ちも発生します

アプリによる公と私の破壊です。

「伝統的な哲学からだけでは、現代の課題は解決できません。わたしたちが抱えている課題は、これまでの哲学が予期できなかった厄介なものだからです。」とマルクス・ガブリエルは述べます。

現代の課題は今の全体主義です

中国のアプリのように、私たちは気がつかないうちに組み込まれやすいのです。

本では、ジョージ・オーウェルの「一九八四」が連想されると述べていました。

インターネット、デジタル、技術支配などなど、私たちは気がつかないうちに組み込まれています。

これ欲しいな!ぽちっ。

無意識にやることが、全体主義を後押しするのかな。

僕、どうしてこれが欲しいと思ったんだろう。

「全体主義の克服」ーまとめ

全体主義とは、個人よりも国家、民族、人種などの集団を優先する思想です

集団 > 個人

全体主義の克服」から、昔の全体主義と今の全体主義を見てきました

昔:国家に監視されている
今:私たちが自ら監視する

公と私の境界線が破壊されることは一緒ですが、監視するかたちが異なります。

全体主義に組み込まれている原因を探ってきました。

インターネットがみせる非民主的な面、検索によってすぐわかる面、企業が利益をうむ面などです。

意識していけば、身近に発見できます。

さらに、デジタル社会によって全体主義が加速していくことを見てきました

政治体制、科学技術の発展など、私たちは組み込まれているので意識しなければ問題点が見えてきません。

だから今の時代に哲学が重要なんだね。

哲学を学ぶ?と思った方はこちら。
>>哲学者とはーとっても短い哲学入門を紹介
哲学とはなにかをわかりやすく解説。

今回紹介した本はこちら。
>>「モモ」ー時間どろぼうと盗まれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語

>>「一九八四」ー全体主義的近未来をものがたりで

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